大判例

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横浜地方裁判所 昭和38年(タ)40号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕<証拠>によると、原告A子と被告は昭和三五年一二月見合をし、昭和三六年三月二六日訴外XおよびY両氏の媒酌で結婚式を挙げて同棲し、昭和三六年一一月四日婚姻届をなしたこと、原告Bと同人妻原告Cと被告は右婚姻届出の日と同じ昭和三六年一一月四日養子縁組の届出をなしたこと、原告Aと被告との間には昭和三七年二月八日長男甲が出生したことが明らかである。しかして<証拠>を総合すると次の事実が認められる。即ち、原告等はその生計を原告Bが代表者となつて経営している有限会社W食品店(資本総額三〇万円)によつているもので、同会社は巷間に存在するいわゆる食品店(小売商)で原告等の全家族を挙げて運営して来た。ところで原告B同C間には男子がなく長女である原告A子の外に二人の妹があるのみであるところから同原告等はいわゆる後継を原告A子とすることに決め被告をその夫に迎え且つ養子縁組をしたものである。そのような事情から被告は昭和三四年三月S大学法学部を卒業後勤めていた会社を退職し原告A子と結婚式を挙げてから原告B等と同居し共にW食品店の営業に従事することになつた。被告は亡乙、丙の間の三男として昭和七年九月二一日出生し被告自身も食料品店の子供として育つたところから原告等の家業に理解と経験をもつているはずであつた。ところが被告が原告等の家業に従事するのは朝八時半か九時頃で(開店時間は夏期は午前七時半頃、冬期は午前八時頃である)午前一〇時のお茶が済むと被告は二階に上り三〇分位降りて来ず、又昼食が済むと三時頃迄昼寝し夕食(午後六時頃)後は仕事をしなかつた。商品の配達については被告は自己が直接注文を受けたものしか配達せず原告等が注文を受けたものは原告Bに配達させた。昭和三六年一二月中頃原告Bが被告に対し店の商品の仕入のため「築地に買出しに行つてくれ」と頼んでも被告は「一日がかりなら行くが朝六時頃行つて九時頃帰つてくるのなら行かない」「お父さんあんた行つてこい」等と云つて行かなかつた。又店の商品に腰を下ろし缶詰等をへこましたりするので第三者である訴外乙等がたまりかねて注意すると「家の商品だからかまわない」と反駁した。このような被告の生活態度から店の売上げも被告が家業に従事するようになつてから却つて減少している。又被告は養親である原告B同Cに対しては何か気に入らないことがあると「糞親父」「糞婆」とか「この馬鹿と馬鹿同志がよく夫婦になつたこれを本当の似た者夫婦というのだ」とか「こんな家にくるのではなかつた」「小学校出で沢山だ」等と暴言や侮辱的言葉をあびせた。又妻である原告A子に対しては昭和三六年五月中旬頃客の前で原告A子が被告に代つて商品の説明をしたのが面白くないといつて外出してしまい飲酒して帰つて来て原告A子に水差を投げつけた上頬を手で二回位殴打した。又毎年七月一五日は土地の祭礼であるが昭和三六年の祭の日の夕刻寿司を作らないといつて怒り出し原告A子を殴つた。昭和三七年五月中頃原告A子が長男甲の襁褓を取り替えに二階へ上つて行つた時二階へのベルが鳴つたが襁褓を替えているときだつたので下に降りて行かなかつたところ二階へ上つて来て理由も聞かず原告A子を殴打した。昭和三七年四月四日原告Bが自己の実家へ被告をつれて挨拶に行こうとしたが、被告は同原告とは行かないというので原告A子が「父と行つて欲しい」というと両親の面前で原告A子を殴打した。以上のようなことから一家の中は常に暗くその為原告A子の妹は戸塚の商店へ住み込みで働きに出ている状況である。昭和三七年三月頃原告A子は被告に両親と別居して暮そうと話したが、被告は「この家を出て行つたら食つていけないからどんなことがあつても出ない」といいはるので原告Cと被告だけの夫婦生活も実現できない状況にある。なお本訴が提起されている現在においても、原告等と被告は同一家屋に起居してはいるが養父である原告Bとは口も聞かず「この気狂い親爺病院に行つていろ」等の暴言をはき又原告A子とは二階と下に分れて就寝し、食事も夫婦別で昭和三七年六月頃より夫婦生活もなく、原告A子は被告に対する愛情を失いこの上被告と婚姻生活を続けて行く意思は毛頭ないことが認められる。(証拠)中右認定にていしよくする部分はすべて措信し難く他にこれを覆すに足る証拠はない。もつとも原告A子本人尋問の結果によれば、本訴提起後の現在においても被告は店の手伝をし原告A子より月給を受取つており、また同原告より下着類の洗濯など身の廻りの世話をしてもらつており、長男甲は被告をパパと呼び被告と長男甲は親子の生活をしていること、また昭和三九年秋の七五三の祝の当日原告A子が長男甲を同伴して宮参りをしたとき被告が後から来て親子の写真を撮影したこと、そのとき被告の実兄より金五、〇〇〇円同封の祝袋が届けられたことが認められる。しかし被告が原告等および長男甲と同一家屋に起居している以上、被告が長男甲と親子生活をし、七五三の宮参りに同行することも親子の情として当然であり、殊に幼児を夫婦間の紛争の渦中に巻きこむことは幼児の養育上厳に慎しむべきことであるし、また被告が店の手伝をし、原告A子が被告に月給を交付し被告の身の廻りの世話をすることも、被告の実家より七五三の祝いを受取ることも、現に同一家屋に起居している以上従来のいきがかりからやむを得ないことと認められるし、これらの行為を拒否することにより今後原告等と被告間の感情的対立抗争が一層激化することを恐れることによるものであるとも考えられる。従つて、右の諸事実は前叙認定事実殊に原告A子が夫である被告に対する愛情を失い今後被告との婚姻生活を継続する意思のないことと矛盾牴触するものではない。そこで、以上認定した事実に基いて更に考察するに原告B同Cと被告の養子縁組並びに原告A子と被告の婚姻は原告A子に夫を迎えて家業の継承者を得ることに主たる目的があつたことは明らかであり、被告が原告等の期待に応えて、家業の維持発展に努めたならば養親子関係婚姻関係も円滑に運びその破綻はなく現在の事態に立到らかつたであろう。又被告が意を翻して養親等と別居して原告A子および長男甲と共に夫婦親子の世帯を持つていたならば婚姻関係の破綻はまぬかれたかも知れぬ。然し被告にその意思と気力がない以上そのことは望み得べくもない。結局現在もはや被告をW食品店の後継者とする希望を失い養親子関係を継続する意思のない原告B同Cと被告を単に法律上養親子の名において結びつけておくことは無意味であり、又現在夫である被告に対する愛情を失い婚姻継続の意思のない原告A子をしかも前記の如く養親子相反目し合つている状態の下に法律上の夫婦の名において被告に結びつけておくことも両性の合意にのみ基いて成立し相互の協力により維持されるべき婚姻の理念に全く反する。このことはこれ以上養親子関係、婚姻関係を継続させることは原告等は勿論被告にとつてむしろ不幸を重ねるものというべきであつて、これらは民法第八一四条第一項第三号に規定する縁組を継続し難い重大な事由に、又民法第七七〇条第一項第五号に規定する婚姻を継続し難い重大な事由にそれぞれ該当する場合と解する外ない。そして前記認定した事情の下においては原告A子と被告との間の長男甲の親権者は原告A子と定めるのが妥当であると認める。(久利 馨)

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